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ちゃがゆのき
茶粥の記
矢田 津世子
Read 茶粥の記 (ちゃがゆのき) by 矢田 津世子 (やだつせこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,568 characters · 30 screens
黄檗では煮汁も大根おろしも添えない。材料のキノコやエビや果物にはあらかじめ煮味をつけておく。油で揚げて而も油っこくないところに天麩羅の真味がある。どじょうといえば本黒の丸煮、玉子の白味でアクを抜いたわりしたでないと食えないという。鶏は去勢した雄の若鶏の鋤焼、鋤金に鶏の脂肪をひいて、肉を焼きながら大根おろしのしたじで頬張るに限るという。――良人の味覚談はきりがなかった。
しかし、良人の場合はうまいもの屋へ行ったというわけでもなく、板場の通というわけでもなく、諸国の名物を食べ歩いたというのでもない。ただ、話なのである。味覚へ向ける良人の記憶力と想像力は非常なもので、たとえば何処かで聞きかじった話だの雑誌や書物などで眼についたのをいつまでも忘れずにいて、折りにふれ、これに想像の翼を与えるのである。そうした良人の味覚はどこででもくりひろげられる。出勤時の身じろぎも出来ない電車の中で人と人の肩の隙間を流れる窓外の新緑を見遣りながら、ウコギやウルシの若葉のおひたし、山蕗の胡麻よごしを思い描く。それから初風炉の茶湯懐石の次第にまで深入りする。汁、向う付、椀、焼物……と順次に六月の粋を味わいながら、良人の満足感は絶頂に達する。