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おどるちへいせん
踊る地平線(上)
谷 譲次
Read 踊る地平線(上) (おどるちへいせん) by 谷 譲次 (たにじょうじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 168,926 characters · 332 screens
かれは、三歩ごとにうしろを振り返っては急いでいるから。
向側は露西亜人の食料品店とみえて、ほこりにまみれた缶詰と青物がほんのすこしばかり飾窓に散らばって、家の横に貼った黄色い紙が、あやうく飛びそうに土けむりにはためいている。阿弥陀仏、念々不忘、福徳無量と印刷してある。極楽寺とかいう近ごろ出来た支那寺の伝導標語であろう。楽隊がきた。羅馬字を裏から見るような露西亜語のびらを自動車の腹へ掛けて、三人の楽手が、それでもみずからの貧しい旋律に十分陶酔して疾駆し去った。漢字の旗が板みたいに空に流れて立っていた。電影子園というのは常設館のことだろう。「哀憐公子」と映画の題が大きく書いてあった。
風がひどい。町ぜんたいを引っ掻き廻す気流の渦だ。市街の果ての平原に煙幕のような蒙古風が巻き立ったかと思うと、視界はもう人類最後の審判の日のように、赤く暗く霞んで、色の附いた空気があらゆる隙間から、室内へ、机の上へ、寝台へ、そして私たちの鼻口へ、おそらくは肺の底へまで音を立てて侵入してくるのだ。そのために椅子の背も人の肩も、十哩むこうの土砂の粉末を載せて真白である。咽喉が乾く。