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みなげきゅうじょぎょう
身投げ救助業
菊池 寛
Read 身投げ救助業 (みなげきゅうじょぎょう) by 菊池 寛 (きくちかん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,938 characters · 12 screens
身投げの場所は住み馴れた家の近くの橋を選んだ。あそこから投身すれば、もう誰も邪魔する人はなかろうと、老婆は考えたのである。
老婆はある晩、例の橋の上に立った。自分が救った自殺者の顔がそれからそれと頭に浮んで、しかも、すべてが一種妙な皮肉な笑いをたたえているように思われた。しかし多くの自殺者を見ていたお陰には、自殺をすることが家常茶飯のように思われて、大した恐怖をも感じなかった。老婆はふらふらとしたまま、欄干からずり落ちるように身を投げた。
彼女がふと正気づいた時には、彼女の周囲には、巡査と弥次馬とが立っている。これはいつも彼女が作る集団と同じであるが、ただ彼女の取る位置が変っているだけである。弥次馬の中には巡査のそばに、いつもの老婆がいないのを不思議に思うものさえあった。
老婆は恥かしいような憤ろしいような、名状しがたき不愉快さをもって周囲を見た。ところが巡査のそばのいつも自分が立つべき位置に、色の黒い四十男がいた。老婆は、その男が自分を助けたのだと気のついた時、彼女は掴みつきたいほど、その男を恨んだ。いい心持に寝入ろうとするのを叩き起されたような、むしゃくしゃした激しい怒りが、老婆の胸のうちにみちていた。