Japanese reading practice

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さけさかずきとっくり

酒・杯・徳利

山本 周五郎

Read 酒・杯・徳利 (さけさかずきとっくり) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 4,047 characters · 9 screens

Aozora Bunko

妻も子供も、感激読物も、酒肥りのした醜いこの体も、みんな夢の中の出来事なのだ、夜が明ければみんな消えてしまう、何もかも、夜が明ければ――、土堤を歩こう、鮒を釣って来て、晩にはそれを味噌で煮ながら仕事を続けよう。ふところに一銭の金なく、通俗読物を一枚書かずとも、その荒れ果てた部屋の中にはすべてがある、豊富な美しい空想が、熾烈な情熱が、純粋な魂の高揚が――、覚めるのだ、夢から覚めるのだ」

青年は呟きながら、両の拳で頭を強く打ち続けた。けれども、青年が夢から覚める暇を与えることなく、襖を明けて妻が恐る恐る声をかけた、

「あなた、酒屋がお勘定を取りに来たのですが、何日頃って云って置きましょうか」

「――」

青年は暫くは呆然として、蒼白い妻の面を見戍っていた。

妻が階下へ下りて行ってからも、青年はながいこと痴呆のような顔をして、卓子の上をぼんやり見ていた、焼きの良い燗徳利を、青磁色の盃を、鉢と小皿にとり澄まして盛られた肴を。青年はふいに、刺すような胸の痛みを覚えて顔をそむけた、そして卒然と立ち上がると、汚穢の中から去るようにして部屋をぬけ出し、せかせかと林のある丘の方へと出掛けて行った。