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つげびと
野菊の墓
伊藤 左千夫
Read 野菊の墓 (つげびと) by 伊藤 左千夫 (いとうさちお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 34,955 characters · 71 screens
五
こう考える主人は、ときどきそれとなく奥へ招いで茶菓などをあたえ、種々会話をこころみるけれど、かれが心面になんらのひびきを見いだしえない。なにを問うても、かれは、はあというきりで、なんらの語もつづらない。主人は百方意をつくして、この国で生まれた人間ですからというような糸口を引きだそうとこころみたが、いつでも失敗におわった。かれは主人に対したときにも、ときをきらわず立ってしまう。
あるときはその象牙のはしから話しかけてみると、なるほど下女のいうごとく、かれががんじょうな顔にしろりと笑いを動かした。しかしこれも笑うたきりで、それ以上には、なんの話もせぬ。依然たる前後の暗黒であった。
そのように花前は、絶対にほかに交渉しえないけれど、周囲はしだいにその変人をのみこみ、変人になれて、石塊を綿につつんだごとく、無交渉なりに交渉ができている。かくて数月をぶじにすごした。
五
人との交渉には、感情絶無な花前も、ふしぎと牛はだいじにする。愛してだいじにするのか、運動の習慣でだいじにするのか、いささか分明を欠くのだが、とにかく牛をだいじにすることはひととおりでない。