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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,319 characters · 29 screens
また同じく金竜山から二汁五菜の五匁料理の仕出しも出て、時の嗜好に投じてか、ひところは流行を極めたものだったが、この奈良茶や五匁の上所へ蒲鉾を納めて名を売ったのが、伊予宇和島から出て来た初代の磯屋平兵衛であった。
当代の平兵衛は四代目で、先代に嗣子がなかったところから、子飼いの職人から直されて暖簾と娘おりんを一度に貰って家業を継いだのだったが材料の吟味に鑑識が足りない故か、それとも釜の仕込みか叩きの工合いか、ともかく、伝来の味がぐっと劣ちてお江戸名物が一つ減ったとは、山葵醤油で首を捻り家仲間での一般の評判であった。
客足がなくなって殖えるのは借銭ばかり、こうなると平兵衛もあわて出した。が、傾いた屋台骨は一朝では直らない。直らないどころか、家が大きければ大きいほどそれだけ倒れも早いというもの。ことに、可愛い女房が、この夏の初めに天狗の餌に上ってからというものは平兵衛は別人のようにげっそり痩せこけて、家の名一つで立てられている町内年寄の勤めにも自ら進んであの高札を出したほか、あまり以前ほどの気乗りも見せず、大勢の雇人にも暇をくれてこのごろはもっぱらひっこみがちだという。