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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,874 characters · 20 screens
けて、引続き藤吉を先頭に、かくも闇黒を蹴っての釘抜部屋の総策動となったのだった。
町医らしい駕籠が一梃、青物町を指して急ぐ。供の持つぶら提灯、その灯が小さくぼやけて行くのは、さては狭霧が降りたと見える。左手に聳える大屋根を望んで、藤吉は肩越しに囁いた。
「三つ巴の金瓦、九鬼様だ。野郎ども、近えぞ。」随う二つの黒法師、二つの頭が同時にぴょこりと前方へ動いた。
三
水のような月の面に雲がかかって、子の刻の闇は墨よりも濃い。鎧扉を下してひっそり寝鎮まった近江屋の前、そこまで来て三つの人影が三つに散った。犬の唸り、低く叱る勘次の声、続いて石を抛る音、後はまたことりともしない。八百八町の無韻の鼾が、耳に痛いほどの静寂であった。
この時、軒下伝いに来かかった一人の男、忍びやかに寄って近江屋の戸を叩いた。一つ、二つ、また三つ四つ――何の返事もない。時刻が時刻、これは返事がないはずだ。男は焦立つ。戸を打つ音が大きくなる。
「近江屋さん、ええもし、近江屋さんえ。」
近辺かまわず板戸を揺すぶったのがこの時初めてきいたとみえて、
「誰だい? なんだい今ごろ。」
と内部から不服らしい小僧の寝呆け声。