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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,874 characters · 20 screens

Aozora Bunko

御用の声が間もなく近隣の熟睡を破った。やがて月光の下に引き出された男女二人、男は浪人者の居合抜き唐箕嘉十郎、額部へ受けた十手の傷から血が滴って、これが久兵衛に突き合わされた時、さすがの因業親爺、顫え上って元七に化けた男に相違ござりませぬと証言した。女は嘉十郎妻お高、と言うよりはお茶漬音頭で先刻馴染の狂女お艶、足拵えも厳重に今や二人は高飛びの間際であった。五百両はそっくりそのまま久兵衛の手に返った。

「お茶漬さらさらか。てもうまく巧んだもんさのう。」

番屋へ揚げてから、藤吉はこう言ってお艶、いや、お高の顔を覗き込んだ。

「ほほほほ、まあ、親分さんのお人の悪い!」

お高は笑った。嘉十郎は苦い顔して黙りこくっていた。

さても長い芝居ではあった。見込まれた近江屋と因業久兵衛の弱り目はさることながら、狂気の真似をし通したお高の根気、役者も下座も粒の揃った納涼狂言、十両からは笠の台が飛ぶと言われたその当時、九カ月あまりに五百両は、もし最終まで漕ぎつけえたら、瘠浪人の書き下し、なにはさて措き、近ごろ見物の大舞台であった。

月は落ちて明けの七つ。

伊達若狭守殿の控邸について、帰路を急ぐ親分乾児、早い一番鶏の声が軽子河岸の朝焼けに吸われて行った。