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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,547 characters · 27 screens

Aozora Bunko

そう言えばあれが見えませんね。」

話声を背後に聞いて、藤吉は四、五間離れた河岸、しだれ柳の下へ出た。彦兵衛が追って来て、耳近く囁く。

「天誅とは大上段、やっぱり、武士てえお見込みで?」

「まあ、そこいらよなあ。」

藤吉は微笑んだ。が、眼だけは笑いに加わらなかった。笑わないどころか、眈々としてあたりを睨め廻していた。

柳の根方に草が折れ敷いて、地に丸く跡を見せている――いかにも人が腰を下ろしていたような、と、その手前の土には、待つ間の徒然に手だけが動いて、知らず識らず同じ個処を何度も掻いたような三角の図形。そこからは丘の裾を越しておもての通りも窺われる。雨に首垂れた鬼百合の花が、さもここだけを所得顔に一面に咲き乱れていた。

「彦、この百合を一つ残らず引っ捩って河へ叩っ込め。」

藤吉、変なことを言う。彦はぽかんとして藤吉の顔を見た。

「えこう、早くしろ!」厳命だ。不審みながらも彦兵衛、嫌応はない、百合を折っては河へ捨てた。

黒い水に白い大輪が浮んで、つぎつぎに流れて行った。

百合の花がすっかりなくなったころ、勘次と佐平次がやって来た。甚右衛門は柳の下の尻跡を嗅いでは漂々と遠吼えしている。