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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,145 characters · 19 screens
腹部の傷口から溢れ出た血が板の合せ目を伝わって裏口に脱ぎ捨てた駒下駄まで垂れていた。鉄の錆のような臭気に狭い家のなかは咽せ返るようだった。綿結城に胡麻柄唐桟の半纏を羽織って白木の三尺を下目に結んでいる着付けが、どう見ても男は吉原の地廻りか、とにかく堅気の者ではなかった。右の腹を左手で押えたまま、右の手は流しもとの水甕へ伸びていた。水を呑みに台所まで這って来たものらしかった。手近いところに血だらけの出刃庖丁が落ちていた。
「此家の助さんの兄貴で栄太という遊人でさあ。お神輿栄太ってましてね。質のよくねえ小博奕打ちでしたよ。いずれ約束だろうが、まあ、なんて死にざまをしたもんだ。」
傍に立っていた差配の伊勢源が感慨無量といった調子で説明の言葉を挾んだ。この家の主人は杵屋助三郎という長唄の師匠だが、一昨日の暮れ六つに近所へ留守を頼んだまま女房のお銀と甲府在の親元へ遊びに行って不在であった。栄太の死体が納豆売りの注進によって発見されたのは、今日の引明けで、表土間の血溜りから小僧が不審を起したのであった。家は内部から巌畳に戸締りがしてあった。それでまず自殺ということに三吉始め立会人一同の意見が一致したわけであるが覚悟の自害とすればなぜわざわざ通りに近い表玄関を選んだか、それに切腹用に供したと思われる刃物が現場から台所まで