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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,145 characters · 19 screens
が、藤吉に用のある人は角の海老床へ行って「親分え?」と顔を出す方がはるかに早計であった。髪床の上り框に大胡坐をかいて、鳶の若い者や老舗の隠居を相手に、日永一日将棋を囲みながら四方山の座談を交すのが藤吉の日課であった。その傍に長くなって、ときどき障えながら講談本を声高らかに読み上げるのが、閑の日の勘弁勘次の仕事でもあった。もう一人の下っ引き葬式彦兵衛は紙屑籠を肩に担いで八百八町を毎日風に吹かれて歩くのが持前の道楽だったのだった。
自宅へも寄らずにその足で海老床へ駈けつけた勘次は、案の定暢気そうな藤吉を見出してそのまま躙り寄ると何事か耳許へ囁いた。
「遣ったり取ったり節季の牡丹餅か――。」
こんなことを言いながら藤吉は他意なく棋盤を叩いていたが、勘次の話が終ると、つと振り向いて、
「手前、何か、その格子の瑕ってのはたしかか。」
と訊き返した。勘次は大仰に頷いて胸板を一つ叩いて見せた。
「三吉の野郎が自害と踏んでいるなら、今さら茶々を入れる筋でもあるめえ。」
と藤吉の眼は相手の差す駒から離れなかった。勘次はあわててまた耳近く口を寄せた。
「うん。」
一言言って釘抜藤吉はすっくと立ち上った。