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ながさきのいちべつ
長崎の一瞥
宮本 百合子
Read 長崎の一瞥 (ながさきのいちべつ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 6,773 characters · 14 screens
第一日
夜なかに不図目がさめた。雨の音がする。ぱらぱら寝台車の屋根を打つ音が耳に入った。私は、家に臥て静に夜の雨音を聴くようなすがすがしいいい心持がした。
午前六時何分かに、鳥栖で乗換る頃には霧雨であった。南風崎、大村、諫早、海岸に沿うて遽しくくぐる山腹から出ては海を眺めると、黒く濡れた磯の巖、藍がかった灰色に打ちよせる波、舫った舟の檣が幾本も細雨に揺れ乍ら林立して居る景色。版画的で、眼に訴えられることが強い。鹿児島でも、快晴であったし、眩しい程明るくもう夏のように暑かった故か、長崎が雨なのは却って一つの変化でよかった。私共は、急に思い立って来たので、宿も定めてはない。先年、長崎ホテルに泊って、そのさびれた趣をひどく長崎らしいと味った知人から、名を聞いて来たばかりだ。長崎駅に下りて、赤帽に訊いて見ると、もう廃業して、ジャパン・ホテルだけの由、相談をし、兎も角其処へ行って見ることになった。雲が薄くなり、稀に、光った雨脚が京都と同じように乾きの早い白い道に降る。上海などへ連絡する船宿の並んだ通りをぬけ、港沿いに俥が駛る。昼ごろの故か、往来は至って閑散だ。