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あめのかみこうち
雨の上高地
寺田 寅彦
Read 雨の上高地 (あめのかみこうち) by 寺田 寅彦 (てらだとらひこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 4,473 characters · 9 screens
宿へ帰って聞いてみると、県から水電会社への課税のような意味で大正池の泥浚えをやらせているのだという。ほんの申訳にやっているのだという。なるほどあのガラガラの音ぐらいでは三百六十五日浚ってみたところで梓川がただの一と雨に押し流してくる砂泥をすくい上げるにも足りないのではないかという気がするのであった。とにかくこの浚渫機械の小屋と土手はおそらくこの美しい上高地の絵の上にとまった蠅か蜘蛛のような気のするものである。
夜に入って雨がまた強くなって梓川の水音も耳立って強くなった。突然強風が吹起こって家を揺るがし雨戸を震わすかと思うと、それが急にまるで嘘をいったように止んでただ沛然たる雨声が耳に沁みる。また五分くらいすると不意に思い出したように一陣の風がどうっと吹きつけてしばらくは家鳴り震動する、またぴたりと止む、するとまた雨の音と川瀬のせせらぎとが新たな感覚をもって枕に迫って来る。
高い上空を吹いている烈風が峰に当って渦流をつくる。その渦が時々風陰のこの谷底に舞い降りて来るので、その度ごとにこうした突風が屋を揺るがすのではないかと思われた。
夜が明けても雨は小止みもなく降り続いた。