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ゆきとどろ
雪と泥
山本 周五郎
Read 雪と泥 (ゆきとどろ) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 19,993 characters · 40 screens
――だめだ。
折之助は唾をのもうとしたが、喉のところに固い玉のようなものがつかえていて、どうしても唾がのみこめなかった。
「では、――」と彼は吃りながら云った。「私はひと足さきにいっているから」
彼は店を出た。うしろで呼びとめる声がした、彼は足を早め、ついで走りだした。
「――恥ずかしい、なんというぶざまだ」
走りながら呟いた。激しい屈辱と、自分に対する怒りのために、全身が火のように熱くなり、冷汗がながれた。駒形のあたりまで走るうちに、その失敗の動かしがたさが、しだいにはっきりとわかってきた。佐平は金を持って家へゆくであろう、そして父がこの話を聞いたら。――彼には父の顔が見えるようであった。
「もうだめだ、家へは帰れない」
折之助は立停った。灯のつきはじめた黄昏の街の中で、肩息をつきながら立停り、くしゃくしゃに顔を歪めた。
「そうだ、もうだめだ」白くなった彼の唇がひきつった、「佐平は家へゆくだろうし、すっかり話をするだろう、――もう家へは帰れない、そして、……梅の井ではおしのが待っている」
彼は眩暈を感ずるほどの絶望におそわれ、はっはっと喘いだり呻いたりしながら、茶屋のある東仲町のほうへ歩いていった。