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れいき
霊気
豊島 与志雄
Read 霊気 (れいき) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 1,440 characters · 3 screens
中房温泉は、既に海抜四千八百尺余の高地にあって、日本アルプスの支脈に懐かれている。早朝に温泉を発して、山の尾根伝いに、見上ぐるばかりの急坂を、よじ登りよじ登り、三時間余にして、燕岳の肩にある小屋に出る。流るる汗を拭いながら、ほっと息をついて見渡せば、正に天下の壮観である。目指す槍ヶ岳の尖峰は、屹然と中空に聳え、鋸歯状に輪廓を刻んで、左手穂高岳へ連り、右手はゆるやかに延びて、双六、鷲羽、野口五郎、烏帽子、蓮華、などの諸岳となり、大気澄む日には、遙かに白馬岳をも遠望される。そして高瀬川の峡谷を距てて、深い山襞に雪を含んでる、それら一連の山岳は、一種の霊気を帯びて、人の心に迫ってくる。
山に馴れた案内者達は、また、山の小屋の人達は、のみならず、土地の人々は、それらの雄大な山岳を呼ぶ時、槍ヶ岳、穂高岳、燕岳、野口五郎岳……などとは云わない。岳の一字を略して、槍、穂高、燕、野口五郎……などと云う。そして山に馴れぬ他国の旅客も、一度燕岳の肩から、眼前にアルプス連山を眺むるや否や、「あれが槍ヶ岳……白馬山はどれ……。」などと云うことを止めて、おのずから、自ら知らずに、「あれが槍……白馬はどれ……。