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たかちほにおもう

高千穂に思う

豊島 与志雄

Read 高千穂に思う (たかちほにおもう) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,292 characters · 11 screens

Aozora Bunko

高千穂峰はよい山である。

霧島神宮駅から、バスで約二十分、霧島神宮前に達する。数軒の簡易な旅館がある。その一軒の店先で、六月上旬の梅雨のはれまの或る日、私はただ一人、登山姿といっても、洋服の上衣をぬぎ、ズボンの裾をまくり、靴を足袋とはきかえ、草鞋をつけ、金剛杖を手にしたに過ぎない。ここから高千穂の頂上まで七キロ半ばかりの道程、普通の足なら六時間で往復されるのだ。

狭くて深い谿谷の上に架してある神橋を渡り、石段をのぼり、朱塗りの鳥居をくぐり社務所の前を右折すれば、正面が神宮社殿である。その社殿に至る石段の下、警士の哨舎の前を、左へとって登山道である。

暫くは杉の木立、やがて、暖帯常緑濶葉樹の天然林となる。

この天然林は、山の中腹以上の広い地域に亘っている。伐採はすべて禁ぜられ、神宮聖域の幽邃な風致が保存せられている。

濶葉樹の天然林には、柔かな神秘の影がこもる。鬱蒼たる茂みが日の光を濾過して、美妙な明るみを内にはぐくむ。道にはい出してる蚯蚓は、長さ尺余のものがあり、朽葉の間を鰻のように走って、紫色に光っている。掌大の白い翼の蛾が、苔むした樹幹にとまっていて、怪しい幻覚を起させる。