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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

Read 鳴門秘帖 (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,957 characters · 114 screens

Aozora Bunko

と、お米の口を手でふさいで、

「そんなことが御家中へ洩れたら、わしばかりではない、二人の身の破滅ではないか」

「い、いいえ、いいえ!」

啓之助の手へ爪を立てながら、お米は、髪のこわれるのも忘れて、首を振った。

「いってやります――御家中方の耳へ」

「お米! あまり男を見くびるなよ。そちは命が惜しくないのかッ」

「殺すのですか、殺すというのですか」

「ウーム、どこまで口の減らぬ女め、啓之助にも、いよいよとなれば、それ相応な覚悟がある」

「殺してください、死んでも私は」

「ええ、どうして貴様は、そうわしを……」

ねじ仆して重なりあった体が、人目もなく挑みあった。肺臓の弱いお米は、啓之助に胸を押されて、苦しげに目をふさいだが、啓之助は盲になったように、その細い喉首を抱きしめた。お米は、さからいきれない力をふるわせて、ヨヨ……とすすり泣きを洩らすばかりだった。そして、殺すといい、殺してくれと叫んでいた男と女が、気だるい春昼の納屋倉に、蒸れ合うばかりな情炎の餓鬼となって苦悶した。

しばらくしてから……

「ね、今のこと」

お米は、たぼのくずれを、きゃしゃな指で梳きあげながら、男に、うしろを向けていた。