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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
Read 鳴門秘帖 (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,957 characters · 114 screens
木曾街道で有名な、ももんじ店である。隣から隣へつづいて半丁ばかりの両側は、みな、大熊、熊の胆、貂の皮、などという看板をかけた店ばかり。狐、猪、小熊の生けるを檻に飼って往来の目をひく店もあり、美々しい奇鳥の啼き声に人足を呼ぼうとする家もある。そして、獣皮、獣蝋、膏薬、角細工、馬具革、袋ものなど、あらゆる獣産物を売っている。
瓢先生は、果たしてこの奇なる景観にうたれたとみえて、やがて百獣店の一軒へ、ずッと寄って行ったかと思うと、その店先へ腰をおろした。
「いらっしゃいまし、熊の胆をさしあげますか」
亭主が早くも貝殻の詰まった箱を持ちかけると、かれは侮辱されたように、その熊の胆を舐めたと同じ顔をして、
「そんな物はいらん。わしは医者だからな」
と、店の中を見廻した。
「ああ、なるほど」
亭主は自分の魯鈍に感心した。
細くつめて結んだ髷なり風采なりが、医者といわれればどう眺めても医者である。
「黒貂のがあるかい」
「? ……て何でございましょうか」
「てのひらだよ、黒い貂の」
「ああ、なるほど」とまたうなずいたが、
「どうもおあいにく様で。それにいくら木曾の山中でも黒毛の貂などはめったに捕れません」