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しかのいんしょう
鹿の印象
木暮 理太郎
Read 鹿の印象 (しかのいんしょう) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 3,489 characters · 8 screens
冬の間は比較的麓の方に下っているのだそうであるが、晩春になると雪解の跡に萌え出づる瑞々しい芳草を趁うて、上へ上へとのぼり、夏は全く山上を棲処としている。若し偃松の途切れた間や、短矮な唐檜白檜のまばらに散生している窪地や斜面に、稍や広い草原が展開して、兎菊、信濃金梅、丸葉岳蕗、車百合などが黄に紅に乱れ咲き、其中に肌の稍白いこんもり茂った天狗樺(方言)の老木が横に伸びて、草原に涼しい緑の蔭をつくっているような処があれば、其処はきまって鹿の群が昼寝をする臥床となっていた。天外の楽園に甘睡を貪っていた一団が、近づく人の気配に夢を破られてドッと跳び出した瞬間、眼の前に巨弾が炸裂したかのように感じて、何事が起ったのかと吃驚する。見ると褐色の群が花を蹴散らして、驀地に谷の方へ駆け下りて行く。それで漸く鹿だなと安心する。
鹿の群は少ない時で八、九頭、多い時は二十頭近くもいた。霧の中で判然しなかったが、鳴声から察して更に多かろうと想われることもあった。之を支配する牡鹿は、小群では一頭、大群でも二頭か三頭に過ぎないらしい。大きな角をグッと後に伏せて、牝鹿を周囲に従えながら、草原を驀進する光景は、凄味に欠けていても相当な見ものである。