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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
Read 黒死館殺人事件 (こくしかんさつじんじけん) by 小栗 虫太郎 (おぐりむしたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 296,741 characters · 584 screens
すなわち、動機を持つ者には、現象的に嫌疑とすべきものがなく、伸子のごとき犯人を髣髴とさせる者には、その反対に動機の寸影すら見出されないのである。
読み終ると、法水はそれを卓上に拡げて、まずその第七条(屍光と創紋の件)の上に指頭を落した。その頃には、欄間の小窓から入って来る陽差が、「倫敦大火之図」の――ちょうどテムズ河の真上附近にまで上っていて、頭上の黒煙に物々しい生動を起しはじめた。それでなくても検事と熊城は、唇が割れ唾液が涸いて、ただひたすらに、法水の持ち出した奇矯転倒の世界が、一つ大きな蜻蛉がえりを打って、夢想の翼を落してしまう時機を夢見るのだった。そういう異様に殺気立った空気の中で、法水は新しい莨に火を点じ、徐ろに口を開いた。
「ところで、最初にあの不思議な屍光と創紋だが、問題は依然として、その循環論的な形式にあるのだ。あの洋橙がどういう経路を経て、ダンネベルグ夫人の口の中に飛び込んでいったのか――その道程が判然しない限りは、依然実証的な説明は不可能だと思うね。けれども、その屍光と創紋の発生に似た犯罪上の迷信が、有名な『猶太人犯罪の解剖的証拠論(ゴルトフェルト著)』