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おみつかんざし
お美津簪
山本 周五郎
Read お美津簪 (おみつかんざし) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,158 characters · 26 screens
「正吉、――顔を挙げたらどうだ」
と云った。正吉の体がぴくっと痙攣った。波打っていた背中が停まった、――正吉は恐る恐る顔をあげた、そして手燭の光に照された主人の面を、白痴のような眼で暫く覓めていたと思うと、突然、
「あっ、だ、旦那!」
絶叫して跳ね起きる、とたんに主人はその肩を掴んで突き倒し、背中を足で踏みつけながら、
「分るか、この私の顔が分るか。この恥知らずの犬め、――筑紫屋茂兵衛にあれだけ煮え湯を呑まして置いてまだ足らず、押込みにまで這入るとは畜生にも劣った人非人め」
「ま、間違いでございます、だ、旦那」
正吉は腸を絞るように叫んだ、――なんという運命の皮肉さであろう。退引きならぬどたん場に迫られ、初めて犯す罪の――入った家は筑紫屋茂兵衛の寮であったのだ。
「出て行け、出て失せろ」
茂兵衛は正吉の背を蹴放した。
「この手で繩にかけてやるのも穢わしい。早くここから出て失せろ。――この茂兵衛はな、今日が日まで貴様のことを、若しや真人間になって帰る日もあろうかと、自分の伜を一人失くしたよりも辛い気持で待っていたのだぞ」
「――――」
「茂兵衛はそれでも宜い。だが……可哀そうなのはお美津だ、貴様の方では覚えてもいまいが、お美津は貴様を忘れることが出来ず、――今では半病人のようになってこの寮に暮しているのだ。