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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
Read すみだ川・新橋夜話 他一篇 (すみだがわ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 44,378 characters · 88 screens
同時に非常な疲労を感じた。制帽を冠った額のみならず汗は袴をはいた帯のまわりまでしみ出していた。しかしもう一瞬間とても休む気にはならない。長吉は月の夜に連れられて来た路地口をば、これはまた一層の苦心、一層の懸念、一層の疲労を以って、やっとの事で見出し得たのである。
片側に朝日がさし込んでいるので路地の内は突当りまで見透された。格子戸づくりの小い家ばかりでない。昼間見ると意外に屋根の高い倉もある。忍返しをつけた板塀もある。その上から松の枝も見える。石灰の散った便所の掃除口も見える。塵芥箱の並んだ処もある。その辺に猫がうろうろしている。人通りは案外に烈しい。極めて狭い溝板の上を通行の人は互に身を斜めに捻向けて行き交う。稽古の三味線に人の話声が交って聞える。洗物する水音も聞える。赤い腰巻に裾をまくった小女が草箒で溝板の上を掃いている。格子戸の格子を一本々々一生懸命に磨いているのもある。長吉は人目の多いのに気後れしたのみでなく、さて路地内に進入ったにした処で、自分はどうするのかと初めて反省の地位に返った。人知れず松葉屋の前を通って、そっとお糸の姿を垣間見たいとは思ったが、あたりが余りに明過ぎる。