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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
Read すみだ川・新橋夜話 他一篇 (すみだがわ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 44,378 characters · 88 screens
長吉は妙に気まりが悪くなって自然に俯向いたが、お糸の方は一向変った様子もなく小声で、
「あの手紙届いて。」
隣の座敷では二人の小娘が声を揃えて、嵯峨やお室の花ざかり。長吉は首ばかり頷付せてもじもじしている。お糸が手紙を寄越したのは一の酉の前時分であった。つい家が出にくいというだけの事である。長吉は直様別れた後の生涯をこまごまと書いて送ったが、しかし待ち設けたような、折返したお糸の返事は遂に聞く事が出来なかったのである。
「観音さまの市だわね。今夜一所に行かなくって。あたい今夜泊ってッてもいいんだから。」
長吉は隣座敷の母親を気兼して何とも答える事ができない。お糸は構わず、
「御飯たべたら迎いに来てよ。」といったがその後で、「おばさんも一所にいらッしゃるでしょうね。」
「ああ。」と長吉は力の抜けた声になった。
「あの……。」お糸は急に思出して、「小梅の伯父さん、どうなすって、お酒に酔って羽子板屋のお爺さんと喧嘩したわね。何時だったか。私怖くなッちまッたわ。今夜いらッしゃればいいのに。」
お糸は稽古の隙を窺ってお豊に挨拶して、「じゃ、晩ほど。どうもお邪魔いたしました。