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そのきどをとおって

その木戸を通って

山本 周五郎

Read その木戸を通って (そのきどをとおって) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,448 characters · 44 screens

Aozora Bunko

吉塚の妻女のむらは、娘にふさという仮の名を付けた。江戸で嫁にやった自分の娘の名であるが、たいそう気性もよく、嫁にいったさきでもずっと仕合せになっているから、娘にあやかるようにと思って付けた、ということであった。――吉塚夫妻には喜兵衛という子があり、結婚して孫も一人できたが、これは江戸小姓役を勤めており、こちらでは夫婦だけのくらしなので、娘の世話をすることはたのしみのようであった。ことに妻女のむらは娘を哀れがり、身のまわりの面倒をみてやりながら、どうかして彼女の記憶をよびさまそうと、辛抱づよくいろいろとこころみたらしい。幾人かの医者にも診察させてみたり、篠山というところの、権現滝にも打たせたりしたそうであるが、なにをやってみても効果はあらわれなかった。

「俗に神隠しとか、天狗に掠われる、などということを申します」と或るとき吉塚が云った、「つい数年まえの話ですが、江戸の者が一夜で加賀の金沢へいった、自分ではなにも知らず、気がついてみると金沢城下で、日を慥かめたところ昨夜の今朝だった、ということです」

「うん」と彼は頷いた、「真偽はわからないが、その話は聞いたことがある」