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あわもりものがたり
『たぬき汁』以後
佐藤 垢石
Read 『たぬき汁』以後 (あわもりものがたり) by 佐藤 垢石 (さとうこうせき) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 118,470 characters · 244 screens
ところで、この猿の大群を支配するのは、谷川岳のすぐ西に隣る万太郎山の裏側、越後に向かった高い崖に棲む齢も知らぬ老猿である。つまり、上州と越後に連なる奥深い山岳地帯は、この巨猿の縄張りであるのだ。上越の猟師も出羽の方から稼ぎにくる猟師も、折々この老猿を遠く高い岸の上に見ることはあるが、猟師共はこの猿を万太郎猿と呼んでいる。そして、誰もが申し合わせたように、この猿に筒先を向けぬことにしてきたのである。
老猿の後頭から首筋、背へかけての毛は金茶色に光っている。
さきほどから猿は、片割れ月のかげを浮かべた淵の面を、丸い大きな眼で覗き込んでいる。しばらくすると、淵の中層に黒い雲に似た彩が動き、やがてそのかげが淵の面に映した月の光を乱すと同時に、朦朧として水上に女の姿が立った。岩魚の精。
水の上を水際に近づいてくる女の容を見ると、初夏のころには露ほどもなかった窶れが、頬や肩のあたりに現われている。この窶れのためか、相俣岩魚の姿は、ひとしお妖しく美しい。
この姿を見て、老猿は微笑んだ。
「ちかごろ、具合はどうじゃの」
と、巌の上から水際の岩魚に問うた。
「はい、ありがとう存じます」