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しゅんきんしょう
ちくま日本文学014 谷崎潤一郎
谷崎 潤一郎
Read ちくま日本文学014 谷崎潤一郎 (しゅんきんしょう) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 85,196 characters · 169 screens
定めし私の顔は途中幾たびか青くなり赤くなりしたことであろう。正直のところ、もし案内者が一緒でなかったら、私はとうにあの二の股の丸木橋の辺で引っ返したかも知れなかった。案内者の手前きまりが悪いのと、一歩進んだら後へ退くのも前へ出るのと同じように恐ろしいのとで、仕方がなしに顫える足を運んだのであった。
そう云う訳で、その谷あいの秋色は素晴らしい眺めであったけれども、足もとばかり視詰めていた私は、おりおり眼の前を飛び立つ四十雀の羽音に驚かされたくらいのことで、耻かしながらその風景を細叙する資格がない。だが案内者の方はさすがに馴れたもので、刻み煙草を煙管の代りに椿の葉に巻いて口に咬え、嶮しい道を楽に越えながら、あれは何と云う滝、あれは何と云う岩、と、遥かな谷底を指して教えたが、
「あれは『御前申す』と云う岩です」
と、ある所でそんなことを云った。それからまた少し行くと、
「あれは『べろべど』と云う岩です」
と云った。私はどれがべろべどで、どれが御前申すと云う岩やら、こわごわ谷底を覗いただけではっきり見届けなかったが、案内者の云うのに、昔から王の住んでいらしった谷には、必ず御前申すと云う岩と、べろべどと云う岩がある、だから四五年前に東京からある偉いお方、―――学者だったか、博士だったか、お役人だったか、とにかく立派なお方が