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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
Read ボロ家の春秋 (ボロやのしゅんじゅう) by 梅崎 春生 (うめざきはるお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,411 characters · 263 screens
と猿沢夫人は愛想いい口調で答えました。猿沢はちょっと会釈しただけで、だまって爪楊枝をしきりに使っていました。これは主に、食事がもう終ったということを蟹江に示すためです。
「寒いね」と蟹江はにこにこしながら長火鉢に手をかざしました。「しずかな淋しい晩だねえ」
「そうだね。久美子さんでもいれば」と猿沢は爪楊枝を襟につきさして答えました。「麻雀でもやるところだが」
「三人ではねえ」と夫人は残念そうに口をそえました。「麻雀もできないし」
「ほんとに残念だ」と蟹江が相槌を打ちました。「じゃ五目並べでもやろうか」
「やりたいけれど」と猿沢。「碁盤がないんでねえ」
「あっ、そうか。じゃ君は将棋は指せるだろう」
「そりゃ指せるさ。そう言えば、君とはまだ指したことがないな。ひとつ指してみたいもんだねえ。でもねえ――」
「駒も盤も実はないんですのよ」と夫人が引きとりました。「買っとけばよかったですね」
「駒は僕が持ってきたよ」
蟹江はにこにこしながら、ポケットから紙箱を取出しました。見ると、それは玩具屋などで売っている、あのお粗末な将棋の駒でした。そしてもう卓の上にがさがさと紙の盤をひろげてしまったのです。