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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
Read ボロ家の春秋 (ボロやのしゅんじゅう) by 梅崎 春生 (うめざきはるお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,411 characters · 263 screens
うつむいた発田の顔は、すこし充血して、ひどく苦しそうに見えた。その草津節は調子外れで、ごく下手糞であったにも拘らず、その音の中に彼は、ひりひりと胸に沁みてくるものをはっきりと感じた。ふと彼は呼吸をとめて、散乱する金属音に耳をすました。発田はそれを打ちつづけることで、何ものかから逃れようとでもするように、ある身振りをつけながら、シロホンを叩きつづけた。その音は孤独な破片のように、通りに散らばった。しかし通りの人々の中で、それに引かれて立ち止まるものは、誰もいなかった。皆いそがしげにその前を通りすぎた。
その時、掛声のような小さな叫びがあがった。それは草津節の調子に合せて、短く断続した。発田の隣の店の玩具屋で、その主の若い男が、犬の玩具を両手で立て、シロホンに合せて踊らせているのであった。玩具の犬は、無表情のまま、おどけた風に両手をうごかして、草津節をおどっていた。発田のシロホンと、犬の踊りは、そのままで暫くつづいた。彼はのれんのこちらから、シロホンをたたく発田の顔や犬のうごきを見つめていた。発田のうつむいた表情は、だんだん押しつぶされた蟹のように、惨めな色をたたえてきた。