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ひとつみのきもの
一つ身の着物
壺井 栄
Read 一つ身の着物 (ひとつみのきもの) by 壺井 栄 (つぼいさかえ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,453 characters · 11 screens
畳にすれば僅か二枚ほどのその哀れな住居の前を人々は不遠慮に歩いている。見られることも見ることも何とも思っちゃいられぬ風景である。しかしあのはだしの男の子には母親がある。
「空襲では助かって、病気で死ぬなんて、順ちゃんも死にきれなかったでしょうね、その子を私が育てるなんて、不思議だ。」
私はため息をした。死んでいった若い、そして貧しかった母の名を順子という。彼女は死の床で私たちの名を呼び赤ん坊を頼むといったそうである。
「まったく死にきれなかったろう。空襲で助かって、終戦を迎えたとたんに死ぬなんて、要するに戦争で死んだようなものさ。金でもあって闇のものでもうんと食ってれば抵抗力もあったろうからな。」
栄養不足の哀れな若い未亡人は、ひょいとつまずいて倒れたきり、立ち上る力がなかったのだ。あたら若い生命を飢ですり減らすなど、何という哀しさだろう。しかもこれからさき、八千万の日本人は八人に一人の餓死者を出すだろうと新聞は報じていた。八人に一人、この迫りくる飢餓線を、赤ん坊もろともふみ越えてゆけるかどうか、私は思わず背の子をふりかえった。赤ん坊は寝息もかすかに、ぐったりと頸を横に曲げていた。