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『ケプロン・くろだのこうそう』について

中谷宇吉郎集 第八巻

中谷 宇吉郎

Read 中谷宇吉郎集 第八巻 (『ケプロン・くろだのこうそう』について) by 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 85,890 characters · 178 screens

Aozora Bunko

しかし実際に食べてみると、昔どおりの味である。蟹もその味を変えなかったし、食べる方の人間の味覚も、変らなかったらしい。やっとほっとした気持である。それでこの二、三年、冬になるごとに、金沢の女房の里から、こうばく蟹を送ってもらうのを楽しみにしている。もっともこれだけの話ならば、全く個人の私生活のことで、何の客観性もない。従って、印刷に付する意味もない話である。

ところが、このこうばく蟹の味は、何も私の郷愁の一つのあらわれに過ぎないものではなく、この味自身に、一種の客観性があることが、この一、二年の経験で立証された。私も女房も、このこうばく蟹を、天下の美味と思っているのであるが、二人とも加賀で育った田舎者で、都の味を知らないために、独善に陥っているのかもしれない。ところが、そうでないことが最近わかって、二人とも大いに意を強くしている。

話は簡単であって、東京でうまいものには飽きているはずの悪友諸君、小林勇だの、池島信平だのという連中が、このこうばく蟹をひどく高く評価してくれるので、安心して、こういう雑文を書く自信を得た。

小林・池島両先生とも、このこうばく蟹には、大のご執心である。