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ぼしぞう
久生十蘭短篇選
久生 十蘭
Read 久生十蘭短篇選 (ぼしぞう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 48,344 characters · 96 screens
八坂の第に着くと、泰文は公子と花世をつれ、谷と谷との間に架けられた長い橋廊下をわたり、なぞえのうえにある細殿へ行って、眼の下の墓を見おろしながら酒盛をはじめた。どうしたのか、その日はいいぐあいに酔いが発しないらしく、折敷の下物を手づかみで食い、夜が更けるまで調子をはずした妙な飲みかたをしていたが、夜半近く、杯を投げだすと、そこへ酔い倒れてすさまじい鼾をかきだした。
公子と花世は蒼くなって眼を見あわせ、たがいの思いを通じあった。いずれこういう折があるものと期待していたが、それにしてもあまり早すぎた。着いたばかりの今では、善世のはらにも支度ができていないだろう。どうしたらよかろうという苛立ちと当惑の色がたがいの眼差のなかにあった。公子が心をきめかねているうちに、花世は思いつめたような顔になって細殿から出て行ったが、間もなく戻ってきて、橋廊下のきわから公子を手招きした。
公子が足音を忍ばせながら花世のそばへ行くと、花世は公子の耳に口をあてて、
「いま善世が来ます」
とささやいた。
善世が夏草をかきわけながら谷のなぞえを這いあがってきて、ややしばらくの間、階隠の下にうずくまっていたが、すらすらと細殿へ入りこむと、ふところから大きな犬釘と金鎚をだし、あおのけに倒れている泰文の眉間に釘をまっすぐにおっ立て、頃合をはかっ