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くがつのあるひ
九月の或る日
宮本 百合子
Read 九月の或る日 (くがつのあるひ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,130 characters · 11 screens
「じゃ、私はどうです」
「私は?」
網野さんは真面目な顔で差しだされた腕を一々抓み、
「すこうし――ね?」
と云った。
「どれ」
今度は私共が各やって見た。子供のぱっちりした体をそっと抓みよせて見ても、このように指先に皮膚と筋肉との境は知覚されないだろう。
「なるほどね――私なんぞひどい」
とYが感服した。
「年のせいもあるわ」
三人が抓みっこをしていたテーブルに、夕刊が一枚あった。私がどけようとすると、
「あ一寸」
とYがとめた。
「その本を買うんですよ」
石川啄木の歌が広告に利用してあった。
「働けど働けど我生活は楽にはならざり凝っと手を見る」
元○○新聞記者××著「金の廻し方、殖し方」
「ほんとう?――でもこんな本の広告に啄木の歌を使う時代なのね」
すると、Yが低い声でその歌をよんでいたが、
「――どうです――皮と身と離るゝ体我持てば――っていうのは。下の句をつけませんか」
「そうね……」
「何がいいでしょう……あ、こんなのはどうでしょう」
網野さんが云わない先から自分の考えのおかしさにふき出し、袂で顔を抑えながら笑い笑い、
「利殖の本も買ふ気になれり」
と下の句をつけた。