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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

Read 二つの途 (ふたつのみち) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 51,102 characters · 104 screens

Aozora Bunko

「病人がそういうなら、余り側についていない方がいいだろうと、主人も河村も申すものですから。」と彼女は云った。帰る時に、病室の中と玄関とを、妙に慌しく眺め廻した。

啓介はそれらのことを少しも知らなかった。その晩九時頃に眠りから覚めた。重い頭痛がしていた。

「母は?」と彼は尋ねた。

「今日お午からお出になりましたが、またお帰りになりました。よく眠っていらしたものですから。」と看護婦が答えた。

彼は頭痛を訴えた。看護婦が顳のあたりを軽く揉んでくれた。彼はまた眠った。翌朝五時頃に眼が覚めた。気分が安らかだった。戸を開いてくれと云った。信子が立ち上って、雨戸を開け放した。

冬から春に移ってゆく、清い冷やかな朝の光りが、俄に病室の中に流れ込んできた。天井板の木目が、鮮かに浮出して見えた。層をなして拡っているその木目を眺めていると、ゆるやかな快い波動が心に伝ってきた。揺藍の中に揺られてるような心地であった。頭の底にある遠いかすかな鈍痛が、それに調子を合した。手足の先が妙に重くて、意識の外に投げ出されたようにだらりとしていた。心の中に立ち罩めていた暗い靄が徐ろに晴れていった、遠くに、殆んど眼も届かないほど遠くに、一条の仄紅い光りがさしていた。