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いぶせますじによせて
井伏鱒二によせて
小山 清
Read 井伏鱒二によせて (いぶせますじによせて) by 小山 清 (こやまきよし) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,419 characters · 11 screens
友達と気拙いままで死別したことが、なにか井伏さんの心の負担のようなものになっている。そして花梨のステッキは、玄関の傘戸棚のなかに蔵ったままになっているのだが、井伏さんはふと思い出したように、この旅にこのステッキを持って出る。そして往きの食堂車にステッキを置き忘れ、紛失してしまう。帰途、青海島を船で回航しているときに、海のなかに突き出ている岩の頂上にミサゴの巣を見かける。案内の人が説明してくれる。「あの鳥の巣は、太い木の枝で頑丈に造ってあります。幾何学的に、きちんきちんとうまく組みあわせています。巣の底に、草鞋なんか敷いて、私の見た巣には、木の枝と一緒に釣竿が混っておりました。」そしていう。「……それから、ステッキがありました。」それを聞いて井伏さんは、
「私は思わず唾をのんだ。瞬間、牧野さんの苦笑いする顔が、私の脳裡をかすめた。
『では、そのステッキ、花梨でしょう。』」
この文章は三十年の歳月を隔てて、「夜ふけと梅の花」の次の文章に、照応しないだろうか。
「そのとき突然横あいから、
『もし、もし、君!』
私に呼びかける太い声がした。心臓が止った。――去年のあの声だ。