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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
Read 今戸心中 (いまどしんじゅう) by 広津 柳浪 (ひろつりゅうろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 36,688 characters · 74 screens
店梯子を駈け上る四五人の足音がけたたましく聞えた。「お客さまア」と、声々に呼びかわす。廊下を走る草履が忙しくなる。「小万さんの花魁、小万さんの花魁」と、呼ぶ声が走ッて来る。
「いやだねえ、今時分になって」と、小万は返辞をしないで眉を顰めた。
ばたばたと走ッて来た草履の音が小万の室の前に止ッて、「花魁、ちょいと」と、中音に呼んだのは、小万の新造のお梅だ。
「何だよ」
「ちょいとお顔を」
「あい。初会なら謝罪ッておくれ」
「お馴染みですから」
「誰だ。誰が来たんだ」と、西宮は小万の顔を真面目に見つめた。
「おほほ――、妬けるんだよ」と、吉里は笑い出した。
「ははははは。どうだい、僕の薬鑵から蒸気が発ッてやアしないか」
「ああ、発ッてますよ。口惜しいねえ」と、吉里は西宮の腕を爪捻る。
「あいた。ひどいことをするぜ。おお痛い」と、西宮は仰山らしく腕を擦る。
小万はにっこり笑ッて、「あんまりひどい目に会わせておくれでないよ、虫が発ると困るからね」
「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。
「ほほほほ。可愛い虫さ」
「油虫じゃアないか」
「苦労の虫さ」と、小万は西宮をちょいと睨んで出て行ッた。