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びぜんてんいちぼう
備前天一坊
江見 水蔭
Read 備前天一坊 (びぜんてんいちぼう) by 江見 水蔭 (えみすいいん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,511 characters · 25 screens
「左、左様で御座る」
これは様子が変だと思ったから、お幸はお綾を促がして、ここを引下った。そうして植籠の蔭で蚊に螫されるのを忍びながら、立聴きするを怠らなかった。
この間にお綾は裏口から河原へ出た。そこには野末源之丞が待兼ねていた。
五
誰も他にいなくなった離れ座敷では、忽ち形勢が一変した。金三郎の胸倉を取って智栄尼は小突き始めた。
金三郎は両手を合せて拝み拝み。
「まァ密かに。荒立ては万事が破滅、密かに……頼む……これ、後生じゃ、頼む」
「いや頼まれぬ。破滅しても構わぬ。いや、破滅の方が却って拙尼には幸いじゃ。この悪性男。拙尼が虎の子の様にしている貯えの金三百両引出して、これが支度金で出世が出来ると備前の太守の御落胤を売物にして、三人での旅立。それは確かな証拠もある事ゆえに、それに相違はなかろうけれど、出世したところでこの家の娘を嫁に引取る料簡では、拙尼の方が丸潰れじゃ。御取立に預った上は、必らず後から呼び迎えるという、あれ程堅く約束をして置きながら、浮気するとは何事ぞい。こうした事もあろうかと、拙尼も天王寺の庵室にジッとしてはいられず、後から尾けて来て見れば、推諒通りこの始末じゃ。