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ひかりのないあさ
光のない朝
宮本 百合子
Read 光のない朝 (ひかりのないあさ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,418 characters · 11 screens
阿母(おっか)さんは、どんな叫び声を出すだろう。
奥から、獣とも人間ともつかない唸り声のする毎に、おもんはさっと蒼ざめ、瞳孔を大きくした。それでも、彼女は一大事を感じて、母親の命じたことだけはした。竈に火を起し、水をなみなみと湛えた釜をかけた。チラチラ焔を立てて燃え上った薪の上に、釜の外をまわった水の雫が滴って、白い煙をあげながらジュッ! という。彼女は、燃え口からはみ出すほど、後から後から新な薪を差し添えた。火の勢いが熾(さかん)になればなるだけ、身に迫るこわさが減るように感じたのであった。
が、母の小部屋の裡で、運命はまるで逆転していた。四辺が夕闇に包まれて来るにつれ、威力を増したのは誕生の歓喜ではなく、死の冷たい、仮借ない指先であった。
おもんが二度目に往来へ駈け出し、四五丁先の銀行から、番人をしている父親を呼んで来た時、彼女の二人とない母親はもう生きていなかった。母親は、突然子癇(しかん)を起した。そして、おもんの桃色の襟巻を始め、一生の悦びも幸福も、あらゆる約束を遂げないまま、急に生活から引離されてしまったのであった。
線香の匂う物淋しい家に、おもんは全く独りぼっちになった。