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はちがつみっかのゆめ
八月三日の夢
中谷 宇吉郎
Read 八月三日の夢 (はちがつみっかのゆめ) by 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,827 characters · 12 screens
三角形の計算を「いろは」でやるというところなどは、一寸変った夢らしくもみえるが、こういうふうに分析してみると、やはり平凡な一科学者の理窟っぽい夢に過ぎないようである。同じく北国の夏の夜明けの夢をみるのならば、もう少し縹渺とした夢か、桁のはずれた夢を見たいものであるが、もって生れた本性は致し方ないようである。
「蛸壺やはかなき夢を夏の月」という芭蕉の句は、私の一番好きな句の一つである。芭蕉は恐らく、縹渺とした夢を見ることのできた人であろう。芭蕉の夢の中では、すべての物が皆薄青色の淡い光を放っていたにちがいない。螢光燈の光のように、輪郭がほのかにぼかされて、時々あるか無きかの程度に、その光が増減していたことであろう。螢光燈のまたたきのような美しい幻をみることは、自分などには到底許されないことである。
同じく天才といっても、ドストエフスキーの夢には、物恐ろしいところがある。何で読んだか忘れたが、ドストエフスキーは、或る時広い野原を卓が長靴をはいて歩いて行く夢をみたそうである。奇怪の話や化物の話は随分ききもし、読んだことも沢山あるが、この夢のような恐ろしい場面は、まだ知らない。