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クルスかんのん
十字架観音
野村 胡堂
Read 十字架観音 (クルスかんのん) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,655 characters · 27 screens
「今晩は?」
「昨夜の今日では」
お秋の方が反って二の足を踏むのは、昨夜の襲撃に懲りて、山野辺家が、どんなに厳重な防備を講ずるかも解らないと思ったからでした。
「それではもう少し折を待とう」
それからは酒、酒、酒。
荒みきった心持で、三日たってしまいました。お秋は稼業柄、時々外へも出掛けますが、それも精々宵のうちだけで、神妙に帰って来ては相手をしてくれるので、余吾之介も大した退屈もせず、酒と、媚と、脂粉の匂いにひたって、うかうかと鹿の子のことを思い出す暇もなかったのでした。
思い出さないわけではなく、正しく言えば、出来るだけ思い出そうとはしなかったのでしょう、とに角余吾之介の心はこうして、一日一日と血の雨を望む沙漠のように荒んでゆくばかりでした。
併し、余吾之介にとって、お秋はどこ迄行っても乳兄弟でした。お秋の妖しい魅力は、真に惜しみなく発散しますが、余吾之介はそのあやかしの中に三日も一緒にいて、嘗て膝も崩そうとはしなかったのです。
「余吾之介様、山野辺の寮の様子を見て貰いました」
ある日お秋は、不思議なことを言い出します。
「ホウ、どんな様子だ」
「一時厳重に固めておりましたが、近頃は警固もすっかり緩んで、ろくな奉公人もいないということでした」