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ちくまがわのスケッチ
千曲川のスケッチ
島崎 藤村
Read 千曲川のスケッチ (ちくまがわのスケッチ) by 島崎 藤村 (しまざきとうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 81,668 characters · 164 screens
雪の道を踏んで行くうちに、路傍に梨や柿の枯枝の見える、ある村の坂のところへ掛った。そこは水内の平野を見渡すような位置にある。私が一度その坂の上に立った時は秋で、豊饒な稲田は黄色い海を見るようだった。向の方には千曲川の光って流れて行くのを望んだこともあった。遠く好い欅の杜を見て置いたが、黄緑な髪のような梢からコンモリと暗い幹の方まで、あの樹木の全景は忘られずにある。雪の中を私達は蟹沢まで歩いた。そこまで行くと、始めて千曲川に舟を見る。
川船
降ったり休んだりした雪は、やがて霙に変って来た。あの粛々降りそそぐ音を聞きながら、私達は飯山行の便船が出るのを待っていた。男は真綿帽子を冠り、藁靴を穿き、女は紺色染の真綿を亀の甲のように背中に負って家の内でも手拭を冠る。それがこの辺で眼につく風俗だ。休茶屋を出て川の岸近く立って眺めると上高井の山脈、菅平の高原、高社山、その他の山々は遠く隠れ、対岸の蘆荻も枯れ潜み、洲の形した河心の砂の盛上ったのも雪に埋もれていた。奥深く、果てもなく白々と続いた方から、暗い千曲川の水が油のように流れて来る。これが小諸附近の断崖を突いて白波を揚げつつ流れ下る同じ水かと思うと、何となく大河の勢に変って見える。