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はんとういっきしょう
半島一奇抄
泉 鏡花
Read 半島一奇抄 (はんとういっきしょう) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,324 characters · 27 screens
また一つ流れて来ます。今度は前の椿が、ちょっと傾いて招くように見えて、それが寄るのを、いま居た藻の上に留めて、先のは漾って、別れて行く。
また一輪浮いて来ます。――何だか、天の川を誘い合って、天女の簪が泳ぐようで、私は恍惚、いや茫然としたのですよ。これは風情じゃ……と居士も、巾着じめの煙草入の口を解いて、葡萄に栗鼠を高彫した銀煙管で、悠暢としてうまそうに喫んでいました。
目の前へ――水が、向う岸から両岐に尖って切れて、一幅裾拡がりに、風に半幅を絞った形に、薄い水脚が立った、と思うと、真黒な面がぬいと出ました。あ、この幽艶清雅な境へ、凄まじい闖入者! と見ると、ぬめりとした長い面が、およそ一尺ばかり、左右へ、いぶりを振って、ひゅっひゅっと水を捌いて、真横に私たちの方へ切って来る。鰌か、鯉か、鮒か、鯰か、と思うのが、二人とも立って不意に顔を見合わせた目に、歴々と映ると思う、その隙もなかった。
――馬じゃ……
と居士が、太く怯えた声で喚いた。私もぎょっとして後へ退った。
いや、嘘のような話です――遥に蘆の湖を泳ぐ馬が、ここへ映ったと思ったとしてもよし、軍書、合戦記の昔をそのまま幻に視たとしても、どっち道夢見たように、瞬間、馬だと思ったのは事実です。