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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
Read 名人地獄 (めいじんじごく) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,286 characters · 301 screens
「大先生はご来客で、そちなどにはお目にかかれぬ。しかし道場にはご舎弟様はじめ、お歴々の方が控えておられる。望みとあらば通るがよい」「へえ、有難う存じますだ」
で、田舎者は上がり込んだ。長い廊下を行き尽くすと、別構えの道場であった。カチ、カチ、カチ、というしないの音、鋭い掛け声も聞こえて来た。
「さあはいれ」といいながら、取り次ぎの武士がまずはいると、その後に続いて田舎者は、構えの内へはいっていった。見かすむばかりの大道場、檜づくりの真新しさ、最近に建てかえたものらしい。向かって正面が審判席で、その左側の板壁一面に、撃剣道具がかけつらねてあり、それと向かい合った右側には、門弟衆の記名札が、ズラとばかり並んでいた。審判席にすわっているのは、四十年輩の立派な人物、外ならぬ千葉定吉で、周作に取っては実の弟、文武兼備という点では周作以上といわれた人、この人物であったればこそ、北辰一刀流は繁昌し、千葉道場は栄えたのであった。性来無慾恬淡であったが、その代りちょっと悪戯好きであった。で、田舎者の姿を見るとニヤリと笑ったものである。その左側に控えていたのは、周作の嫡子岐蘇太郎、また右側に坐っていたのは、同じく次男栄次郎であって、文にかけては岐蘇太郎、武においては栄次郎といわれ、いずれも高名の人物であった。