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あづまばし

問はずがたり・吾妻橋 他十六篇

永井 荷風

Read 問はずがたり・吾妻橋 他十六篇 (あづまばし) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 75,586 characters · 159 screens

Aozora Bunko

しかし芸も人気も山室とは比べ物にならない無器用な男で、戦災後小岩の駅近くで、野菜を並べている家の忰である。

千代子はお前とは役者の貫禄がちがうと言わぬばかり、姉が弟に対するような調子で、

「ねえ、増ちゃん、明日また持って来てくれない。胡瓜のいいの。」

増田はわざとらしく頭を掻いて、「かッぱらうのも一仕事ですぜ。親父に目っかろうものなら、どやされるよ。」

「いいじゃないの。わたしが頼むんだもの。」

「ええ、いいです。千代子さんのお頼みなら仕様がないや。」

「その代り増ちゃん、こん度煙草上げるわ。家じゃ配給があっても誰ものむ人がいないのよ。」

「どうかお願いします。」

千代子は電車で増田と乗合すのは今夜が初てではない。彼は高砂町から一ツ先の小岩まで乗って行くべき筈なのを、その夜にかぎって千代子の降りる時一緒におりた。千代子は変だと思って、

「どこへ行くの。増ちゃん。」

「歩きます。歩きたいんですよ。」

「降って来るわよ。こんな真暗な晩……。」

「歩きます。僕歩きます。」

「イヤよ。そんな三枚目。受けやしないわ。」

「どうせそうです。僕のする事は受けません。二枚目も三枚目も。