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きつえんよんじゅうねん
喫煙四十年
寺田 寅彦
Read 喫煙四十年 (きつえんよんじゅうねん) by 寺田 寅彦 (てらだとらひこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 8,500 characters · 17 screens
他の人達が天下国家の一大事であるかのごとく議論している事が、自分には一向に一大事のごとく感ぜられないで、どうでもよい些末な事のように思われる時ほど自分を不幸に感じることはない。最も重要なる会議がナンセンスの小田原会議のごとく思われるというのはこれはたしかにそう思う自分が間違っているに相違ないからである。
そういう憂鬱に襲われたときには無闇に煙草を吹かしてこの憂鬱を追払うように努力する。そういう時に、口からはなした朝日の吸口を緑色羅紗の卓布に近づけて口から流れ出る真白い煙をしばらくたらしていると、煙が丸く拡がりはするが羅紗にへばり付いたようになって散乱しない。その「煙のビスケット」が生物のように緩やかに揺曳していると思うと真中の処が慈姑の芽のような形に持上がってやがてきりきりと竜巻のように巻き上がる。この現象の面白さは何遍繰返しても飽きないものである。
物理学の実験に煙草の煙を使ったことはしばしばあった。ことに空気を局部的に熱したときに起る対流渦動の実験にはいつもこれを使っていたが、後には線香の煙や、塩酸とアンモニアの蒸気を化合させて作る塩化アンモニアの煙や、また近頃は塩化チタンの蒸気に水蒸気を作用させて出来る水酸化チタンの煙を使ったりしている。