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よながノート
夜長ノート
種田 山頭火
Read 夜長ノート (よながノート) by 種田 山頭火 (たねださんとうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 1,780 characters · 4 screens
翅の色も脚の色もどす黒く陰気くさい。衰残の気色がありありと見える。
秋の田園を背景として、蠅と猫と老祖母と、そして私とより成るこの活ける一幅の絵画。進化論の最も適切なる、この一場の実物教授。境遇と自覚。本能と苦痛。生存と滅亡。
自覚は求めざるをえない賜である。探さざるをえない至宝である。同時に避くべからざる苦痛である。
殊に私のような弱者に於て。
○
新刊書を買うて帰るときの感じ、恋人の足音を聞きながら、その姿を待つときの感じ、新鮮な果実に鋭利なナイフをあてたときの感じ。……
その日の新聞を開いたときの匂い、初めて見る若い女性に遇うたときの匂い、吸物碗の蓋をとったときの匂い、埃及煙草の口を切ったときの匂い、親友から来た手紙の封を破ったときの匂い。……
穏かな興奮と軽い好奇心と浅い慾望と。……
○
一度行った土地へは二度と行きたくない。一度泊った宿屋へは二度と泊りたくない。一度読んだ本は二度と読みたくない。一度遇った人には二度と遇いたくない。一度見た女は二度と見たくない。一度着た衣服は二度と着たくない――一度人間に生れたから、一度男に生れたから、一度此地に生れたから、一度此肉躰此精神と生れたから。