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だいぼさつとうげ

大菩薩峠19

中里 介山

Read 大菩薩峠19 (だいぼさつとうげ) by 中里 介山 (なかざとかいざん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 319,771 characters · 617 screens

Aozora Bunko

もとより、杯盤もなければ酒器もない。褥も与えられていなければ、煙草盆もあてがわれてはいない。無人の室へひとり転がされてあるだけのものなのです。

村正どんは案外の気色につまされて、しばらく無言で雪洞を上げたまま見つめていると、その袂の下からのぞき込んだ雛妓共が、また黙って、その室内を見つめたままでいる。怖いものの正体が、そこに現存していることで、朝霧は自分が臆病の幻を笑われた不名誉だけは取戻したが、ここにひとり横たわる人の姿を見て、また何となしに、恐怖か凄みかに打たれて、沈黙して、村正どんの袂の下から息をこらして見ているだけです。酔客は、黙っている時は死んでいる人としか見えない、死んでここへ置放しにされた人相としか見えないくらいですから、

「殺されてるの?」

「死んでるの?」

雛妓たちが、やっと、相顧みてささやき合うたのも無理のないところでしたが、その死人が、やがてまた口を利き出しました、

「斎藤一はいないか、伊藤甲子太郎はどうした、山崎――君たち、おれを盛りつぶして、ひとり置きっぱなしはヒドいじゃないか、来ないか、早く出て来て介抱しないか、酔った、酔った、こんなに酔ったことは珍しい、生れてはじめての酔い方じゃ」