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「てらだとらひこのついそう」あとがき
寺田寅彦 わが師の追想
中谷 宇吉郎
Read 寺田寅彦 わが師の追想 (「てらだとらひこのついそう」あとがき) by 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 31,239 characters · 65 screens
墨は周知の如く、支那から輸入されたもので、我が国に入ったのは、日本書紀によると、推古天皇の時代である。その後我が国に於ても墨が製造され始め、延喜式に既にその製法が出ているくらいである。製法の詳しい記述等は『古梅園墨談』などに譲り、以下この物理的研究に必要な点だけを述べる。この研究に使用された墨は、市販の紅花墨で、この種の油煙墨は、桐油か菜種油を燃した煤を、膠の濃厚溶液でねって型に入れて、初めは灰の中で乾かし、後空中に放置して十分乾燥させたものである。墨を硯で磨って得た墨汁は膠質液となり、そのまま放置しても墨の粒子はなかなか沈澱しない。但し水の中に電解質(3)が溶け込んでいる場合とか、膠が腐敗している場合には、墨の粒子は沈んで所謂上澄みの水が出来る。
普通の炭素粒は水に混じても膠質液とならず、従って暫く置けば、炭素粒だけ下に沈澱してしまう。ところが少量の膠が入ると膠質液となるのは、この際膠が極めて薄い膜となって、炭素粒子をつつんでいる為と思われる。このようなものを保護膠質というのである。膠は炭素に対して強い吸着力を有しているもので、硝子板に煤の粉を盛り上げ、その片隅に膠液を一滴落としてやると、煤の粉の山は見る見る膠滴の中に吸い込まれて、一様な溶液となってしまうことからも、この強さが分かる。