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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
Read 少将滋幹の母 (しょうしょうしげもとのはは) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 83,234 characters · 160 screens
ございますねと云いながら、文字をきれいに拭いてくれたのも、どうやら彼女であったような気がするのである。
腕へ文字を書かれたのはその時一遍だけであったか、それからも一二遍そんなことがあったか、そこのところはおぼろげであるが、その後も西の対へ行くと、平中がうろ/\していて、彼を呼びとめて文を托したことはあった。滋幹がそれを持って行くと、母は返事を書いたこともあり、書かなかったこともあったが、だん/\最初の時のような感動を示さないようになり、厭わしいと云う顔つきをすることもあったので、しまいには彼は平中に使を頼まれるのを迷惑に感じた。そして平中も、いつか姿を見せなくなったのであるが、間もなく滋幹も母に会うことが出来ないようになった。それは乳人が母の館へ連れて行くことを控えるようになったからで、母に会いたいと滋幹が云うと、お母さまはもう直き赤ちゃんがお生れになるので、今は引き籠っていらっしゃるのです、と云ったりした。その頃母はほんとうに妊娠したのであったらしいが、滋幹の出入りすることが禁ぜられたのは、外にも故障が起ったらしいのであった。
こんな風にして滋幹は、それきり母の姿を見ることがなかった。