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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
Read 少将滋幹の母 (しょうしょうしげもとのはは) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 83,234 characters · 160 screens
として、
音羽川せき入れて落す滝つせに
人のこゝろの見えもするかな
とあるのに徴して明かで、その頃の京都の市中から馬を走らせて行く分には、左程の道のりではなかったであろう。恰も当時滋幹は、しば/\叡山の横川に定心房良源を訪ねて佛の教を聴いていたので、彼がもしその帰るさに道を雲母坂に取って下山したならば、つい母の住む麓の里へ出られたのであった。そして実際、彼は折々山の上から西坂本の空を眺めて恋々としたこともあり、足が知らず識らずその方へ向きかけたこともあったが、いつも自分で自分を制して、ことさら外の道を選ぶようにしていたのであった。
が、それから又何年かを経た年の春であった。横川の良源の房に一宿した滋幹は、翌日、日もたけなわの頃に房を出て、峰道から西塔、講堂を過ぎて根本中堂の四つ辻へ来た時、ふと、急に心が惹かれるようになって、雲母坂の方へ道を取った。「急に」と云うのは、その時ゆくりなくそんな気を起したと云うのではなくて、前から一度その道を行こう/\と思いつゝ、何となくそれを引き止めるものがあって、果たさずにいたのに、その日は春も弥生半ばで、霞の罩めた遠山のけしき、ところ/″\の谷あいの花の雲などに誘われて、ついうか/\と逍遥してみたくなったのであった。