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やまごしのあみだぞうのがいん
山越しの阿弥陀像の画因
折口 信夫
Read 山越しの阿弥陀像の画因 (やまごしのあみだぞうのがいん) by 折口 信夫 (おりくちしのぶ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 15,125 characters · 30 screens
昔と言うばかりで、何時と時をさすことは出来ぬが、何か、春と秋との真中頃に、日祀りをする風習が行われていて、日の出から日の入りまで、日を迎え、日を送り、又日かげと共に歩み、日かげと共に憩う信仰があったことだけは、確かでもあり又事実でもあった。そうして其なごりが、今も消えきらずにいる。日迎え日送りと言うのは、多く彼岸の中日、朝は東へ、夕方は西へ向いて行く。今も播州に行われている風が、その一つである。而も其間に朝昼夕と三度まで、米を供えて日を拝むとある。(柳田先生、歳時習俗語彙)又おなじ語彙に、丹波中郡で社日参りというのは、此日早天に東方に当る宮や、寺又は、地蔵尊などに参って、日の出を迎え、其から順に南を廻って西の方へ行き、日の入りを送って後、還って来る。これを日の伴と謂っている。宮津辺では、日天様の御伴と称して、以前は同様の行事があったが、其は、彼岸の中日にすることになっていた。紀伊の那智郡では唯おともと謂う……。こうある。
何の訣とも知らず、社日や、彼岸には、女がこう言う行の様なことをした。又現に、してもいるのである。年の寄った婆さまたちが主となって、稀に若い女たちがまじるようになったのは、単に旧習を守る人のみがするだけになったと言うことで、昔は若い女たちが却て、中心だったのだろうと思われる。